水素エンジンに未来はあるのか!?ガソリンとの比較
将来は水素社会だ、と叫ばれてから結構時間が経っていますが、いまだ水素が身近にあるような場面で出くわすことはありません。
自動車開発はどのメーカもほぼBEV一色となり、ほかの動力車両のことはあまり聞きません。トヨタだけが唯一、選択肢を広げておくべきと鼻息を荒くして、いろいろな動力での車両開発をしていて、あらためてトヨタ自動車の資金力、開発体制の厚さを思い知らされる訳ですが、実際水素エンジンは従来のエンジンと比較して何が変わって、何が課題なんでしょうか?
私のつたない知識でわかる範囲で解説したいと思います。とりとめもなく書いてあるところもありますがご容赦ください。
水素の気体としての性質
学生の時に呪文のように覚えた「すいへいりーべ・・・」であるように、化学の周期表で一番最初に出てくる原子番号1の元素です。
そして原子量も約1、つまり、世の中にある元素の中で最も軽い物質。通常は水素分子 として存在するので、 (アボガドロ数 個分の分子集合)あたり、たったの 、めちゃくちゃ軽い。軽いため気体としての拡散性が非常に高い。
原子も小さいことから、金属材料などの組織に入り込み内部から金属の機械的特性を低下させる水素脆化を引き起こす。
沸点が非常に低いことから目にする(といっても無色ですが)水素は基本的に気体である。
常温常圧で無色透明、無臭な気体。
融点:℃(@常圧)
沸点:℃(@常圧)
密度:
燃料としての性質とガソリンとの比較
項目 | ガソリン | 水素 |
---|---|---|
①常温状態 | 液体 | 気体 |
②分子式 | (平均) | |
③分子量() | 105 | 2 |
④空燃比 | 14.7 | 34 |
⑤着火エネルギー() | 0.2~0.4 | 0.02 |
⑥低位発熱量() | 121 | 44 |
⑦燃焼速度() | 0.4 | 2.65 |
⑧排気成分 | ||
⑨燃焼反応 |
ひとつづつ解説していく、
①常温の状態
ガソリンは常温状態で液体であるため、燃料としてエンジンの燃焼室内に送るときは液体用のインジェクタを用いている。シリンダヘッドの吸気ポートに低圧(200~400kPa程度)のインジェクタを備える場合と、燃焼室内に直接噴射する高圧(数MPa~20MPa程度)のインジェクタを備えるものがある。
液体の燃料を空気と混合するために、燃料を吹くときにある程度の噴射圧力をかけて液体を微粒化し、空気との混合を促進しないといけない。低圧の場合は、ポートに噴射してから燃焼室に入り、ピストン作動でかき回されるため比較的混合する時間があり混合には有利である。直噴の場合は、点火直前に吹くことになるため燃料を吹いた直後にしっかり混合することが必要、また、燃焼室内の圧力が上がっているためそれに打ち勝って室内に入っていく噴射圧力が必要のため、圧力を高くし、噴射孔の位置や数に工夫がいる。ただし、エンジンが高負荷運転をしている場合は、燃焼室内に直接燃料を吹き付けることで高温になっているピストン、燃焼室壁面に液体燃料を吹き付けるために、燃料が蒸発するときに熱を奪う気化潜熱を使うことができるため、高負荷運転で有利。エンジン冷間時は、煤が出やすい。
水素の場合は、もともとが気体であるために気体用のガスインジェクタを使用する。ただし、ガソリンのように自己潤滑性がないためバルブの摩耗対策はしないといけない。気体燃料であることと水素の持つ高拡散性のため、空気との混合はさせやすいが、密度が小さい&単位体積当たりの発熱量が小さいためにガソリンと同じ時間でも多量に噴射しなければいけない。
②分子式
ガソリンは炭素数が4~12程度のさまざまな炭化水素 の集合体であるため、一つの分子式で表すことができないが、平均をとるとおよそ炭素7.5程度の炭化水素として表される。水素は分子は純粋に1つしかない。
③分子量:特にコメントなし
④空燃比
完全燃焼させるためには、ガソリン1gに対して空気が14.7g必要というのが空燃比である。
一方、水素の場合は、水素1gに対して空気が34gも必要ということになる。でもこれだけでは何も理解が深まらないため例えば排気量2Lのエンジンを基準に1サイクル、つまり2Lの空気をエンジンに取り込んで完全燃焼させたときに、ガソリン、水素それぞれがどれほどの発熱をするかを考えてみよう。
ガソリンの場合、
空気の分子量は 28.84 であるため、2L分の空気の質量は 2.575gである。
この空気を完全燃焼させるためのガソリンの質量は空燃比14.7から、0.175gであるため、空気2.575gとガソリン0.175gの混合気を燃焼させるということです。その時の発熱量は、低位発熱量を使って、7.7となる。
水素の場合、ガソリンと同じように計算をすると、
2Lの空気で水素を完全燃焼させると、水素0.0757g、発熱量9.16
同じエンジンで完全燃焼させた場合、水素燃料の方が「約1.19倍」 発熱量が大きいということになる。 ここで感の良い人は、あれ?水素燃料ってガソリンよりもいいじゃん、って違和感を感じるでしょうが、あくまでこれは完全燃焼させた場合ということなので、実際には完全燃焼させられない水素燃焼の方が不利となります(後述)。
⑤着火エネルギー
なんと、水素はガソリンに比べて着火のエネルギーが約10分の1程度、と非常に小さいエネルギーで着火できる。現在の点火プラグをもっと小型化できる?と考えてしまうが、今の点火プラグで使われているエネルギーは1回のスパークあたり数十 だそうでそもそも小さいエネルギーなので、レースで行っているような強点火プラグでなければ、それほど劇的に変えることはできなさそう。
ただし、着火エネルギーが小さいということは小さな火種があれば、点火プラグでの着火じゃなくても火がついてしまうということ、どちらかというと燃焼室内の過熱部分に触れてしまうと意図しない着火をしてしまうプレイグニッションにつながるためネガとなる部分が多そうです。特に点火プラグまわり、排気バルブまわりは高熱となるため、火がついていなくてもそこから着火してしまう可能性。それを嫌って、マツダがロータリーエンジンでは吸気工程では水素燃料が点火プラグ、排気バルブにさらされないため、水素燃料との親和性が高いと発信しています。
ガソリンでいうプレイグニッションの主な原因は、ガソリン燃料やエンジンオイルの炭素成分が燃焼室内に煤として固着し、そこが熱せられることによって火種になると考えており、水素燃料に炭素成分が含まれていない分、燃料による煤は考えなくてよさそうですが、エンジンオイルには必ず含まれてますので、そこは同じような対応が必要そうです。
⑥低位発熱量
同じ質量をもってくると水素の方が熱量は大きく、約3倍程度の熱量があります。ただ、燃焼するときには④で話したように他の要素も関わってくるため単純に比較はできません。
どちらかというとハンドリングに影響してくると思っていますが、水素を自動車のタンクに入れることを給油ではなく、給水素、略して「給水」というそうですが、現在、給水は気体で行われています。なぜかって?常温では水素は気体となってしまうため液体にできないからですが、トヨタMiraiの高圧タンクで141L、質量換算で約5.6kgを給水できることになっています。
これを発熱量に換算すると、677.6 となります。一方、ガソリンタンクはというと、カローラクラスの車を見てみると43L入るので熱量換算で、1475の熱量を運んでいることになる。
水素燃料の容量がガソリンの約3倍程度の大きさで、高圧タンクの容量も含めるとその2倍程度の搭載スペースがいりそうな感じですが、それだけ大きいのにも関わらず、カローラの保持してるガソリンの半分程度の熱量しか運ぶことができていないということです。なんてハンドリング効率が悪いことか・・・
*ガソリンの密度:0.78とする
そういう理由で、トヨタなんかは液体水素を車に搭載しようとしています。液体にして比較をすると水素は単純に3倍の熱量を持つのだから、搭載で段違いに有利になるでしょうが、液体で持つためにはー253℃という極低温の、あたかも化学プラントにあるかのような保持設備を車に持つことが必要です。かなりハードルは高そう。そして給水するときも液体水素は大気に触れただけで蒸発してしまう・・・。給水難易度もけた違いです。
⑦燃焼速度
ガソリン燃焼に比べて、水素燃焼は約7倍程度高速です。そのため、ガソリンエンジンにくらべてノッキングに有利と言われています。ノッキングとは点火プラグで着火された炎が燃焼室の端まで伝播するときに、端にあるエンドガスを炎で圧縮するためにエンドガスが着火していないにもかかわらず高温高圧となって自然と着火してしまう現象です。点火プラグからの火炎伝播と燃焼室の端から発する火炎伝播が衝突して異常な高圧振動を引き起こしピストンを溶損させてしまいます。
そもそも効率のいい運転をする場合は、点火時期を進角させて燃焼の圧力変化をピストンの上死点側で短い時間で行うことで理論オットーサイクルに近づくため、なるべく進角させたいのですが、進角させると燃焼のピークが立ち上がり、圧力が立ち上がりすぎるとノッキングを引き起こしやすいため、内燃機関における効率とノッキングは切っても切り離せない関係にあります。
効率向上の歴史はノッキングとの戦いといってもいいですね。ただし、排気成分の問題で、ノッキングが起きないにしても水素燃焼ではそれほど点火時期を進角させられない事情があります。
⑧排気成分
ご存じの通り、ガソリンエンジンの排ガスにはさまざまな有害物質が含まれています。 は、炭化水素が燃えれば必ず出るので規制で 排出量は規制されており、年々厳しくなっていっています。その他、特に問題となるのは ですが、基本的には排気系統に搭載されているその名の通り3つの成分を三元触媒で浄化しています。
一方、水素燃焼の排気成分はというと、だいぶ成分が減りました。 は無害なので問題ないですが、問題は になります。どこかのCMで水素エンジンからの排気は水しか出ない、というのを見たことはありますが、そんなことはありません。 はサーマルノックスと言われ、高温高圧にの状況下で窒素 と酸素が存在すると反応して必ず は発生します。ただし、一定以上の高温高圧環境下、が必要条件であるため、低負荷でリーン燃焼していれば出ることはありません。アイドリングではもちろんでないようには燃焼制御をされているんでしょうが、レースなどの高負荷環境では必ず発生するはずです。
そしてガソリンでは3つの有害物質があり、それに対応した三元触媒というものがあったため、どの成分が出てきても触媒の酸化、還元反応を用いて浄化できていましたが、水素では1成分しかでないため、還元反応をしたあとに戻すことができないため、三元触媒が使えない!そうなるとどうするかというと、 を分解するためにディーゼルエンジンについているようなSCR触媒などで尿素(アドブルー)や、水素燃料を還元剤として排気ガスと触媒反応させなければいけません。ディーゼルについているようなバカでかいシステムを搭載しないといけない!